Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
「ここは…どこだ？」僕は薄暗い部屋の中で目を覚ました。見慣れない白い天井、硬いベッド。全身が鉛のように重く、頭がガンガンと痛む。
自分が最後に何をしていたのか、思い出せない。ただ、強烈な焦燥感と、どうしようもない孤独感が僕を締め付けていた。
突然、優しげな声が聞こえた。「目を覚まされましたか、ショウさん。ここは死後の世界にある療養所です。」
看護師と名乗る女性は、穏やかな微笑みを浮かべていた。「あなたはしばらくここで心身を休めて、次のステップに進む準備をするのです。」
次のステップ…？ 転生？ そんなものはどうでもいい。僕はただ、この苦しみから解放されたかった。生きているときも、死んでからも、僕はずっと一人だった。
療養所での生活は、まるで生前の世界の延長のようだった。決められた時間に食事をし、決められた時間に睡眠をとる。カウンセリングも受けたが、心を閉ざした僕には何も響かなかった。
「どうせ死んだんだ。もう何もかも終わりだ。」僕は誰にも会わず、部屋に閉じこもるようになった。毎日毎日、天井を見つめて過ごした。
気がつけば、8年の月日が流れていた。8年間、僕はただ死んだように生きていた。いや、死んでいるのだから、正確には『死んだように死んでいた』。
療養所の職員も、最初は僕を気にかけていた。だが、僕が頑なに心を閉ざしているのを見て、諦めたようだった。誰も僕を訪ねてこなくなった。
ある日、突然部屋のドアが開いた。眩しい光とともに、一人の女性が立っていた。「こんにちは、ショウさん。私は成香といいます。」
彼女は、まるで太陽のように明るい笑顔で僕を見つめていた。8年間誰とも話していなかった僕は、言葉を失ってしまった。
「少しお話しませんか？ あなたのこと、少しだけ興味があるんです。」成香は無理強いすることなく、静かに僕の隣に座った。
僕は戸惑いながらも、彼女に少しずつ自分のことを話し始めた。孤独だった幼少時代、うまくいかなかった仕事、そして、 死因さえも思い出せないまま、死後の世界にやってきたこと…。
成香は、ただ静かに僕の話を聞いてくれた。そして、最後にこう言った。「あなたは、まだ自分の心と向き合っていないんですね。」
その言葉が、僕の胸に深く突き刺さった。僕は、自分の死から目を背けていたのだ。生きているときと同じように、問題から逃げていた。
成香は、それから毎日僕の部屋を訪ねてきた。僕らは、色々な話をした。彼女の過去、彼女の夢、そして、生きることの意味…。
彼女と話すうちに、僕は少しずつ変わっていった。閉ざされていた心が、少しずつ開いていったのだ。8年間、誰にも見せなかった自分の弱さを、成香には見せることができた。
ある日、成香は僕にこう提案した。「一緒に療養所の庭に出てみませんか？ きっと、気分転換になると思いますよ。」
僕はためらったが、彼女の優しい笑顔に惹かれ、重い腰を上げた。8年ぶりに見る外の世界は、眩しくて、そして、どこか懐かしい香りがした。
庭には、色とりどりの花が咲いていた。鳥のさえずりが、心地よく耳に響く。僕は、自分が生きている…いや、死後の世界にいることを、ようやく実感した。
「綺麗ですね…。」僕は、思わず言葉に出した。成香は、優しい笑顔で僕を見つめていた。「そうですね。あなたも、とても綺麗ですよ。」
僕は、自分の顔を触ってみた。8年間、鏡を見ていなかった自分の顔は、やつれていて、そして、どこか悲しげだった。
「私ね、昔、とても辛いことがあったんです。」成香は、静かに語り始めた。「家族を事故で亡くして、自分を責め続けていたんです。」
「死んでしまいたい、と思ったことも何度もありました。でも、生きていれば、いつかきっと良いことがあるって信じて、生きてきたんです。」
成香の言葉は、僕の心に深く響いた。僕は、自分だけが不幸だと思っていた。でも、成香も、僕と同じように、深い悲しみを抱えていたのだ。
「あなたは、まだ過去に囚われている。」成香は、僕の目を見つめて言った。「死因を思い出して、それを受け入れなければ、あなたは前に進むことができません。」
僕は、自分の死因からずっと目を背けていた。思い出そうとすると、強烈な罪悪感と後悔の念が押し寄せてくるからだ。
「私は、あなたのことを信じています。あなたは、きっと乗り越えることができる。」成香の言葉は、僕に勇気を与えてくれた。
その日から、僕は自分の過去と向き合うことを決意した。夢に見る光景、断片的に蘇る記憶…。
少しずつ、記憶のパズルが組み上がっていく。愛する妻の笑顔、可愛らしい息子の寝顔…。
そして…最後に、あの日の光景が蘇った。降り注ぐ雨、燃え盛る炎、そして…僕自身の絶望に満ちた顔…。
僕は、すべてを思い出した。僕は…息子を残したまま、焼身自殺したのだ。
強烈な後悔の念が、僕の心を締め付けた。なぜ、あんなことをしてしまったのか…？ なぜ、息子を置いて死んでしまったのか…？
僕は、声を上げて泣いた。8年間、抑え込んでいた感情が、一気に爆発したのだ。成香は、ただ静かに僕を抱きしめてくれた。
「あなたは、よく頑張りましたね。」成香は、僕の背中を優しく撫でた。「もう大丈夫。あなたは、一人じゃない。」
僕は、成香の温もりに包まれながら、いつの間にか眠ってしまった。久しぶりに、安らかな眠りだった。
翌朝、僕はスッキリとした気分で目を覚ました。まだ、過去の傷は癒えていない。それでも、昨日までの絶望感は消え去っていた。
「おはようございます、ショウさん。」成香は、笑顔で僕に挨拶した。「今日は、どこに行きましょうか？」
僕は、少し照れながら言った。「どこでもいいよ。君と一緒なら、どこでも…。」
それから、僕らは療養所の外に出かけるようになった。近くの街を散策したり、海を見に行ったり…。
僕は、徐々に自分の過去を受け入れ始めた。自分の死因を受け入れ、そして、自分の犯した罪を償うために、死後の世界でできることを探すようになった。
ある日、成香は僕にこう言った。「ショウさん、あなたはもう、十分に回復しました。次のステップに進む時が来たみたいです。」
次のステップ…？ 転生？ 今の僕には、まだその覚悟はできていない。でも、成香と一緒にいられるなら、どこへでも行ける気がした。
「僕は…まだ、君と一緒にいたい。」僕は、勇気を振り絞って言った。「もし、許されるなら…。」
成香は、嬉しそうに微笑んだ。「私も、ショウさんと一緒にいたい。」
僕らは、死後の世界で、新しい生活を始めることにした。過去の過ちを償いながら、お互いを支え合い、生きていく…。
数年後、僕は療養所で、同じように過去の傷を抱えた人々のカウンセリングをするようになった。自分の経験を活かして、少しでも誰かの役に立ちたいと思ったからだ。
ある日、僕の前に、一人の青年が現れた。彼は、深く悲しげな目をしていた。「僕は…父を亡くしました。」
僕は、彼の話を聞きながら、胸が締め付けられるような思いだった。彼もまた、深い悲しみを抱えて生きているのだ。
「あなたは、まだ若い。これから、色々なことがあるだろう。辛いことも、悲しいことも、たくさんあるかもしれない。」僕は、彼に語りかけた。
「でも、決して諦めないでほしい。生きていれば、いつかきっと良いことがある。あなたの父親も、きっとそう願っているはずだ。」
その青年は、僕の言葉を聞きながら、涙を流していた。僕は、彼を抱きしめた。「大丈夫。あなたは、一人じゃない。」
その時、突然、強烈な胸騒ぎがした。僕は、現実世界にいる息子のことを思った。彼は、今、どうしているのだろうか…？
僕は、急いで自分の部屋に戻り、現実世界と繋がるモニターを起動した。モニターに映し出された光景を見て、僕は息を呑んだ。
息子は…屋上に立っていた。彼は、今にも飛び降りようとしていたのだ。
「やめろ！ 死ぬな！ 死んだら、終わりじゃない！ 苦しみは、形を変えて残るだけだ！」僕は、モニターに向かって叫んだ。
僕の声が、届くはずもない。息子は、ゆっくりと身を乗り出した…。
「死ぬな！！！！！」僕は、全身全霊を込めて叫んだ。
その瞬間、息子の動きが止まった。彼は、空を見上げ、何かを悟ったように、ゆっくりと屋上から降りてきた。
僕は、安堵のため息をついた。そして、モニターに向かって、静かに語りかけた。「生きてくれ…。」
僕は、死後の世界で、生きる意味を見つけた。それは、自分の過去と向き合い、罪を償い、そして、誰かの役に立つこと…。
そして、何よりも大切なのは、生きている人々に、「生きることを諦めないでほしい」と伝えることだった。
僕は、これからも死後の世界で、生きていく。過去の過ちを胸に刻みながら、未来に向かって…。